桜縁荘について

桜縁荘は、上野公園と東京藝術大学の傍にあり、寛永寺のお膝元「上野桜木」にある、築約100年の木造家屋です。

元を辿ると、昔はお隣りの豆腐店藤屋さんの持ち家だったものが、昭和の初め頃、長野県出身の代議士さんの手に移りました。彼の東京での事務所兼自宅として戦中・戦後使われ、当時は彼の友人・知人・関係者など、多くの人が訪れたようです。

その後、彼の親族の方々によって住み継がれていましたが、ご事情により空き家になる時が来ました。仮に人に貸そうと思っても長期間の貸出ができず、また住み手がまず住める状態まで回復させる必要があるといった事情により、貸出が難しかったため、空き家のまま放置され約6年が過ぎようとしていました。その間、建物や庭の荒れは進行し、防犯・防災などの面でも心配されつつありました。

そんな2014年4月、家のもつ独特な空気感とこの地域の温かいご近所付き合いに惹かれた学生2人がいました。2人は家主さん・地元NPOと話し合いを重ね、家のもつ事情を理解したうえで住みながら建物を活用していくことに決めました。大掃除から始まった活動には地域の人や学生など多くの人が参加し、賑やかなスタートを切りました。そして、2014年6月、住み始めるにあたって家に「桜縁荘」と名前を付け、新たな生活がはじまりさせました。

osoji2 osojiedakiri1 yane1 tatemonochousa1engawasoji niwasoji2

 

garden furin2wall2 genkan2goldfish2 fuji2shokki2 shikiri2    calender2 shojicover4

 

空き家から、人が集い・繋がる場へ

桜縁荘は、人が住む家でありながら、自然と外へ外へと開いていく方向へと進んでいきました。2014年7月、オランダからアーティストグループの滞在を受け入れた際には、彼らと一緒に建物の修繕をワークショップとして行うなど、取り巻く環境はしだいにオープンなものになっていきました。そうしたイベントやワークショップを通して、多くの人が桜縁荘を訪れ、新たな出会いが生まれています。

住人だけでは負担が大きかったため自然な流れで始まった住み開きでしたが、結果的に桜縁荘は人が集い・繋がる場になりつつあります。

桜縁荘が、眠っていた建物の良さを活かしながら、住む人・訪れる人の活き活きとした活動の場として甦ること、それが私たちの目標です。

dinner 10575194_866971396663929_7612991891678650326_o

ハリカエ 10505036_866971839997218_1695847164138924432_o

 

名前の由来

上野桜木町という地名、そして、庭の大きな桜の木から「桜」の字を。

気持ちのよい縁側に囲まれたこの家から、良い御縁が生まれるよう願いを込めて「縁」の字を。

「桜縁荘」という名前はこうして生まれました。

住む人だけでなく、訪れる人や見守ってくれている人、皆さんの「おうえん」によって成り立っている場所です。

engawa2

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

*
*
Website

CAPTCHA